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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)13905号 判決 1982年2月05日

原告 今井晃

右訴訟代理人弁護士 服部正敬

同 鳥越溥

被告 株式会社ジャックス

右代表者代表取締役 河村友三

右訴訟代理人弁護士 龍岡稔

主文

一  被告から原告に対する東京法務局所属公証人梶川俊吉作成昭和五四年第六〇七〇号債務弁済契約公正証書に基づく強制執行はこれを許さない。

二  前項の公正証書に基づく原告の被告に対する金二二二万五〇〇〇円の債務の存在しないことの確認を求める訴えを却下する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  本件につき当裁判所が昭和五五年一二月二三日になした昭和五五年(モ)第一九八二二号強制執行停止決定はこれを認可する。

五  前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告から原告に対する東京法務局所属公証人梶川俊吉作成昭和五四年第六〇七〇号債務弁済契約公正証書に基づく強制執行はこれを許さない。

2  前項の公正証書に基づく原告の被告に対する二二二万五〇〇〇円の債務の存在しないことを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  本件につき当裁判所が昭和五五年一二月二三日になした昭和五五年(モ)第一九八二二号強制執行停止決定はこれを取り消す。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

4  2項について仮執行の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原、被告間には被告を債権者、原告を債務者とする東京法務局所属公証人梶川俊吉作成昭和五四年第六〇七〇号債務弁済契約公正証書(以下、本件公正証書という)が存在し、右公正証書には、

(一) 原告は、被告に対し、昭和五四年七月二四日原告が被告の取扱店から購入した自動車の残代金にて原告から直接被告に支払う約定の二二二万五〇〇〇円の債務を負担することを承認し、これを、同年九月二七日限り七万六一〇〇円、同年一〇月から全額に達するまで毎月二七日限り七万四一〇〇円ずつの三〇回の割賦にて弁済する、

(二) 原告は、本件公正証書記載の金銭債務の履行をなさないときは直ちに強制執行を受けても異議ないことを認諾する、

旨の記載がある。

2  本件公正証書は、次の債務の弁済に関して作成された。すなわち、被告はいわゆる信販業務を目的とする会社であり、トーヨーモータース株式会社(以下、訴外会社という)は被告の特約店(販売店)であったところ、原告は、訴外会社との間で、昭和五四年七月二四日、原告が訴外会社から自動車一台(以下、本件自動車という)を代金一九五万八〇〇〇円で買い受ける契約を結び、被告との間で、同日、被告が原告に代わって右購入代金を訴外会社に支払い、原告は被告に対して右立替金額に手数料を含めた金額を月賦で返済する旨の準委任契約を締結した。右契約により原告が被告に対して支払うべき金額の合計額は車購入に伴う諸経費こみで二二二万五〇〇〇円(代金の立替払金が一七八万円、被告の手数料が四四万五〇〇〇円)となり、本件公正証書は原告の右債務の弁済に関して作成されたものである。

3  被告は、原告に対し、前項の準委任契約において同時に、訴外会社の本件自動車引渡義務につき保証した。

4(一)  訴外会社は、昭和五四年八月七日倒産し、現在にいたるも原告に対して本件自動車の引渡をしない。

(二) 訴外会社の倒産により、被告が前記保証債務の履行として本件自動車を原告に引き渡すことは不可能となった。

5  そこで、原告は、被告の保証債務の履行不能を理由として、昭和五六年一〇月二三日の本件口頭弁論期日において、被告との間の前記準委任契約を解除する旨の意思表示をした。

6  被告は、原告に対し、前記二二二万五〇〇〇円の債権を有すると主張する。

7  よって、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1、2項は認める。

3項は否認する。原、被告間の準委任契約書の条項第二条として、商品の引渡等は契約成立後直ちに行なわれる旨の定めがあるけれども、この条項は、特約店によっては、ジャックス(被告)からまだ入金になっていないことを理由に買主に対して同時履行の抗弁権を行使しようとする者があってトラブルが多発したことがあったため、特約店が同時履行の抗弁権を有しないことを買主に知らせるとともに、特約店にも立替払いは後払いということを徹底させるために設けられた条項にすぎない。すなわち、原、被告間の契約に用いられたものと同一内容の契約書はあらかじめ被告から特約店に配布してあるものであり、特約店において右契約書に必要事項を記入し、購入者がこれに署名捺印し、できあがった契約書を特約店が一部を購入者に、一部を被告に送付する仕組みになっているため、特約店としても、この第二条の存在によって同時履行の抗弁権を主張することができないこととなっているのである。

4項の(一)は認める。仮に、被告に保証債務があるとすれば、同項の(二)は認める。

6項は認める。

三  抗弁

被告は、請求原因2項の原、被告間の準委任契約に基づき、訴外会社に対し、昭和五四年七月二八日、一七八万円を立替払いした。

四  抗弁に対する認否

不知。

第三証拠《省略》

理由

請求原因1項(公正証書の存在)および同2項(原、被告間の契約の成立)の各事実は、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、抗弁事実が認められる。

被告が原告に対して保証債務を負ったか否かについて検討する。《証拠省略》によれば、原、被告間に成立した契約(以下、これを準委任契約ということにする)書の条項第二条は、「商品の引渡し及び車検整備の実施」の見出しのもとに、「購入商品の引渡し及び車検整備の実施は、契約成立後、直ちに行われます」という条項になっていることが認められるところ、原、被告間の右準委任契約の一内容として右条項が約定されていること、本来、買主たる原告は、本件自動車の提供を受けるのと引換に代金を支払えばよいのであるから、信販業者たる被告に購入代金の立替払いを依頼する場合においても、商品(本件自動車)の引渡がえられないのに被告から立替払金の請求を受けることのないよう考慮したうえで準委任契約を結ぶのが合理的であること、他方、被告と訴外会社との間には特約店契約が結ばれており、右両者間には信頼関係があることが推認され、被告にとって訴外会社の商品引渡義務を保証することはさほど負担になるとは考えられず、かえって、保証することによって商品の引渡がより確実なものになれば、準委任契約の成立もそれだけ容易になり、被告において手数料の収入をあげやすくなることも考えられないわけではないことに照らせば、右条項は、被告が、原告に対し、右準委任契約の一内容として、訴外会社の本件自動車引渡義務を保証したものと解するのが相当である。この点について、被告は、右条項は単に買主(原告)に対して特約店(訴外会社)が同時履行の抗弁権を有しないことを知らせるとともに特約店にもその旨を徹底させるために設けられたにすぎないものと主張するけれども、被告の意思のみによって売主たる特約店のもつ同時履行の抗弁権を失わせることはできないから、被告が特約店の右抗弁権を失わせるためには、特約店との合意によるほかないところ、被告の右主張は、特約店が右第二条を認識しながら同条項の入った契約書に必要事項を記入し、買主(原告)と被告間の準委任契約の締結に関与することによって、特約店と被告との間にいわば黙示の合意が成立し、その効果として、特約店は買主に対して同時履行の抗弁権を行使することができないことになるという主張と解される。しかし、そもそも、特約店に同時履行の抗弁権を行使させないようにすることと、被告が特約店の商品引渡債務を保証することとは両立しえないことではない。のみならず、原、被告間の契約関係を定める条項中に、契約当事者外の訴外会社(特約店)に効力を及ぼすための条項を設けるということが通常ではない(この点は、被告と訴外会社との間の別個の契約で取り決めればよいことである)し、特約店が、被告との右合意によって、いわば絶対的に右抗弁権を失うというのならば、買主にその旨を知らせる点に右第二条の意義を認められなくもないが(被告の主張は、この効果が生ずるとの主張とは解し難い)、特約店が被告に対する関係において、買主には右抗弁権を行使しない債務を負担するにすぎないものなら、わざわざ原、被告間の契約条項に右第二条を設ける必要性が乏しく、仮に同条項が被告の主張どおりの目的のために設けられたものとしても、特約店に同時履行の抗弁権を行使させないようにしその旨を買主に知らせることと被告が保証債務を負担することとは別個の事柄であるから、そのことによって、被告が保証債務を負担したとの前認定が左右されるものではなく、むしろ、同条項が設けられている以上は、前認定のとおり、同条項は、原、被告の権利義務を直接定めたものと解するのが相当である。また、《証拠省略》によれば、原、被告間の右準委任契約条項第七条は、「購入商品及び車検整備にともなう隠れた瑕疵・故障については一切私(原告のこと)と表記取扱店(訴外会社のこと)との間で処理することとし、私はこのため貴社(被告のこと)に対する支払いを怠ることはありません」という条項になっていることが認められるけれども、被告が商品について瑕疵担保責任を負わない旨の条項があるからといって、これが前認定の妨げとなる筋合はなく、他に前認定を覆すに足りる証拠はない。

請求原因4項(保証債務の履行不能)の事実は当事者間に争いがなく、同5項(解除権の行使)の事実は当裁判所に顕著である。前認定のとおり、被告の保証債務は原、被告間の準委任契約から生じた債務であり、右準委任契約は、一時的な契約関係と認めるのが相当であるから、右保証債務の履行不能による解除権の行使によって、右の準委任契約は遡及的に解除されたものというべきである。そうしてみると、本件債務名義に表示された被告の原告に対する債権は存在しないことになり、本件債務名義に基づく強制執行は許されないものとなる。

請求原因6項(債権の存在についての争い)の事実は当事者間に争いがない。しかし、本件においては、原告において債務不存在の確認を求める利益があるものとは認められない。

以上によれば、請求異議の訴えは理由があるからこれを認容し、債務不存在確認の訴えは確認の利益がないからこれを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、強制執行停止決定の認可とその仮執行の宣言について民事執行法三七条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山﨑宏)

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